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柿田川

展望台より望む

 静岡県駿東郡清水町。沼津市と三島市に隣接するこの地で、国道1号線のすぐ脇からいきなり立派な幅を持って始まる川がある。柿田川だ。

 川を見渡展望台に立って見ると、その澄んだ水の色に引き込まれてしまう。とりわけ底の深い場所では、光の加減によってあるときは深く濃く、またあるときには気持ちの良い空色となり、見る者を虜にする。

中流域より富士山を望む 川岸には、周囲の民家や田畑から取り残されたように木々が取り囲んでいる。喧騒から隔絶された空間では、一年中温度の変わらない清澄な水によって、豊かな生態系を育む。河口近くの橋の下では、段差によってどうどうと轟音をあげ、青い水と真っ白な泡のコントラストを堪能させてくれる。この極上の水は狩野川を浄化し、駿河湾の生物にも恩恵を与えている。

 しかし、その滔々たる流れの全長はたったの1.2?。この豊富で純粋な水はどのように発生しているのだろうか?

 その秘密は、三島溶岩流と呼ばれる溶岩層にある。富士山が噴火した際に大量に流れ出た溶岩から成る、多孔質の地層だ。富士山に降った雨や雪が、三島溶岩流の中を流れる伏流水となり、40?もの距離をろ過されながら流れてくる。そして溶岩流の終わるこの地で湧水として噴出しているのだ。湧水の出口である「湧き間」はあちこちに点在し、大量の水が後から後から絶え間なく吹き出している。その様子は、川底で波打つ砂や小石の動きから見て取ることができる。


湧き間 富士の湧水は、全体で1日あたり約450万トンと言われる。その内の約100万トンが柿田川としてこの地に湧いているのだ。「東洋一の湧水」と言われる所以である。
 しかし、かつては柿田川の湧水量は約130万トンを誇っていたのだ。あとの30万トンはどこへ行ってしまったのだろうか?
 これだけの大量かつ良質な水には、企業が目を付ける。大正時代には揚水技術の発達に伴い、製紙会社、紡績会社などの大量の水を必要とする企業が進出した。現在でも、そこかしこに湧水汲み上げの痕跡を見ることができる。その後は農業用水、飲料水としても使われている。
 高度経済成長期には、柿田川の上流にあたる地域へと工場が進出し、地下水を直接利用する動きが活発になった。また、用地開発のために水源部の森林伐採も行われた。湧水量の減少は、主にこの地下水の利用と水源部の開発によるものと推定されている。
 さらに、湧水の汲み上げと排水によって、高度経済成長期には無残にもヘドロの川と化していたという。
この状況を見過ごせずに立ち上がった人々がいた。地元有志による柿田川自然保護の会だ。彼らは、湧水を汲み上げていた企業に働きかけて移転を実現し、川に溢れたゴミを片付け、川底のヘドロを除去した。10年もの歳月を費やす、気の遠くなるような作業だった。
 現在の魅力的な美しい姿は、地元の人々が行ってきた地道な努力の成果なのだ。その運動は(財)柿田川みどりのトラストに受け継がれている。


 「チー・チー・チー。」カワセミ
 柿田川公園の展望台に立って川を眺めていると、独特の鳴き声をあげながら青い鳥が飛んで来ることがよくある。この川のシンボルともいえるカワセミだ。
 正直なところ、カワセミ自体はそれほど珍しい鳥というわけではないのだが、ここでは大勢の観光客の見守る中で、かなり近くまで臆せず近寄ってくる。鳴き声が聞こえない時でも、見渡せばどこかの枝にとまっていることもしばしばだ。意識して見回せば、この華麗な青い鳥を発見するのは難しくない。 他にももっと珍しい鳥がいる。ヤマセミだ。ヤマセミはカワセミに比べると警戒心が強いので、なかなか人目につく所に出て来てはくれない。人間の姿を認めると、すぐに隠れてしまうのだ。それだけに、山中の渓流部ではなく、車が行き交い人が大勢いるこの地に生息しているのは驚きだ。
 それでも、気をつけて見ていると下流から飛んできてどこかの枝にとまる姿を見つけることがある。こちらの姿に気づいていない時には、じっと息を潜めて観察する。運がよければ、「ザブン」と大きな音を立てる豪快なダイビングが見られるだろう。
 これから柿田川へ行かれる方には、双眼鏡を持参されることをお勧めする。アユ

 高度成長期にヘドロに覆われた柿田川は、地元有志の活動の結果、その本来の美しさと豊かな生態系を取り戻した。前出のカワセミ・ヤマセミを筆頭とする、この川の辺に営巣する鳥類。この地で産卵をするために遡上するアユ。乱舞するゲンジボタル。絶滅危惧種のミシマバイカモ。他にも、本来渓谷や源流部にいるような生物が、平地である清水町に目白押しになっている。これは100%湧水からなる柿田川の大きな特徴だ。水の美しさと相まって、よりいっそうこの川の魅力を引き立てている。
 この柿田川にも環境の変化が押し寄せつつある。コカナダモ、オオカワジシャなどの外来植物が勢力を伸ばし、本来この地に繁殖するミシマバイカモを駆逐する勢いだ。また、一時期は産卵のために集まったアユをカワウ(あるいはウミウか?)が食べつくすといった事件もあった。
 (財)柿田川みどりのトラストの活動を応援し、この川が美しい姿を失わないよう、切に願う次第である。


この記事は、月刊「自然と人間」2005年10月号?12月号の「リレーエッセイ自然塾」に連載した文章に加筆・修正したものです。

写真と文:前林 正人(写真家)約17年の会社員生活より一念発起し写真家に。2002年よりフリーカメラマンとして活動。写真家・フォトジャーナリストの樋口健二氏に師事。


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